MENU

『第3回西田修平記念陸上競技大会』が開催されました。

アスリートパートナー村上輝選手が優勝、竹川倖生選手(丸元産業所属)が準優勝
さらに、村上輝選手が陸上教室の講師を務める

10月26日・27日に開催された、『第3回西田修平記念陸上競技大会』に出場した日本体育施設所属の村上輝選手(砲丸投)は、17m06を投げ優勝、日本体育施がユニフォームセカンドスポンサーを務めている竹川倖生選手(丸元産業所属・棒高跳)は、5m20を跳び準優勝、両選手とも健闘しました。

『第3回西田修平記念陸上競技大会』村上輝選手の投てき

『第3回西田修平記念陸上競技大会』竹川倖生選手の跳躍

陸上競技教室

日曜日は陸上競技教室が開催され、村上輝選手が講師を務め30人近い高校生が参加しました。

第3回西田修平記念陸上競技大会 出場選手の集合写真
陸上競技教室で高校生に投てきを指導する村上輝選手
陸上競技教室で砲丸投の指導を行う村上輝選手
陸上競技教室に参加した高校生と村上輝選手

西田修平記念陸上競技大会

『西田修平記念陸上競技大会』は、西田修平氏の栄光を後世に伝え、陸上競技を志す若い選手達へ伝承としていきたいという想いから、開催され、今回3回目を迎えた大会です。

西田修平氏は和歌山県東牟婁郡那智勝浦町出身で、1932、1936年の世界大会で銀メダルを獲得された選手です。

友情のメダル

大江季雄選手と西田修平選手は、1936年の世界大会で5時間半にわたって大激戦を展開されます。そして、夜遅く日本の2・3位の決定戦を控えて、大江季雄選手と西田修平選手は、棄権されました。

公式記録は2位西田選手、3位大江選手と発表されましたが、翌日の表彰式では西田選手は大江選手の背中を押して2位の表彰台に、自分は3位の台についきました。

2人とも同記録の4m25であった為です。帰国後、2人は銀と銅のメダルを半分に切って、つなぎ合わせ、それぞれが持ち合うことになりました。

このエピソードは「友情のメダル」として知られています。

当社は本大会へ協賛いたしました。

第3回西田修平記念陸上競技大会 日本体育施設協賛ボード